CHAPTER JUMP  1 - 2 - 3 - 4 - 5 - 6
※この物語はフィクションです。


 イギリス・コッツウォルズ、バイブリー───アート・アンド・クラフト運動の創始者ウィリアム・モリスが「イングランド地方で最も美しい村」と名付けたバイブリー。17〜18世紀に建てられた石造りの素朴な家々が建ち並ぶこの村には、清冽な水をたたえ、ニジマスが泳ぐコルン川が流れている。そのコルン川の上流には小さな森があり、森の奥の川沿いの開けた場所に、バイブリーにはおおよそ似つかわしくない、ガラス張りの近代的な建物があった。さらにその建物の奥には、木々に覆い隠されるように大きな白いドーム型の建造物が建てられており、木々の上にそのてっぺん部分だけが顔を覗かせている。再来年からモータースポーツの最高峰F1世界選手権に参戦する日本の企業マツダイラが、その活動の拠点として建設したファクトリー「マツダイラ・ユーロ」である。
 
 アメリカ・マンハッタンにあるファー・イースト・リサーチ社の総合自動車情報誌「モーターワールド」編集者のマキシ・レッドフォードは、まだ朝靄が残る早朝から、森の中でひっそりと、このファクトリーを監視し続けていた。11月中旬のこの地方の朝は2℃と冷え込み、マキシは森の木々と同じベージュ色の分厚い防寒着に身を包み、手袋をはめ、白い息を吐きながら双眼鏡を覗き込んでいた。だが、朝靄に包まれたファクトリーは今のところシーンと静まりかえっており、特にこれと言った変化はまだ見られなかった。マキシは双眼鏡を下ろすと、肉眼でしばしファクトリーを見つめた後、くるりと背を向けて森の中へと入っていった。
 開けた場所から数十メートルほど森の中に入ると、モスグリーンの一人用テントが張られていて、その前では焚き火がパチパチという音を立てて燃えていた。幸いテントも焚き火も森の木々によって隠されており、森の外からはまったくわからない。マキシは焚き火の前で腰を下ろすと、手袋を外して手を火にかざし、暖めた。と、そのときマキシの防寒着の内ポケットに入れてあった携帯電話がバイブレーションを起こした。マキシは一瞬びくっとして内ポケットをまさぐり、携帯電話を取り出した。こんな朝早くに、誰からだろう。
 
「ハロー?」
「おはようマキシ。私、ウェスターよ。」それはマキシがよく知る女性の声だった。
「リヴェールか!何でこの番号を知ってるんだい?」マキシは意外な人物からの電話に、白い息を吐きながら驚きの声を挙げた。リヴェール・ウェスターは、マキシと長い付き合いのあるイギリス人モータースポーツジャーナリストで、現在は日本に在住してモータースポーツ誌の編集などに携わっている。
「マンハッタンのサムに電話したら教えてくれたのよ。イギリスにいるって聞いたけど、あなた今どこにいるの?」
「今は、バイブリーの森の中だよ。」
「森の中ですって?相変わらず妙なところにいるわねえ、よりによってこの寒い時期に。」電話の向こうで、リヴェールの笑い声が聞こえた。
「大丈夫だよ。テント張って火も焚いているから。」マキシは少し不機嫌そうに答えた。
「まあ!テントまで持っていったの?そりゃまたずいぶんと大荷物だこと。」
「こっちで買い揃えたんだよ。このあたりはキャンプ場があるからキャンプ用品を扱っている店も何軒かあるんでね。」
「その仕事が終わったらどうするのよそれ。持って帰る気?」
「なあに、FedExでマンハッタンに送るさ。プライベートでも使えるだろうしね。」
「仕事でもね。」
「……できれば、仕事で使うのはもうご免被りたいなあ……。」マキシは苦笑した。
「……ところで、先週のF1最終戦の結果は、もう知ってるの?」
「ああ、アデレードね、新聞で読んだよ。結局ミハエル・シューマッハが新チャンピオンになったらしいな。しかもデーモン・ヒルと接触して両者リタイヤでのタイトル決定だったそうじゃないか。最後の最後まで波乱のシーズンだったな。」
「ええ、すごいレースだったわよ。見られなくて残念だったわね。」
「アデレードどころか、今の仕事のせいで今シーズンは結局1度もグランプリを現地で観戦できなかったよ。こんなことはこの業界に入って初めてさ。」
「信じられないわね。F1フリークのあなたが一度もサーキットに行かなかったなんて。」
「……それで、今朝はこんな早くにどうしたんだ?まだ朝の7時……って、そうか、そっちはまだティータイムなんだよな。でもまさかイギリスが誇るボーダフォンの衛星携帯電話とはいえ、日本から繋がるとは思ってもみなかったよ。」
「ああ、私、今イギリスに帰国してるの。エジンバラの実家に。だからこっちも朝7時よ。」
「なんだ、そうだったのか。通りで衛星電波にしてはクリアな声だと思ったよ。」
「会話にも時差がないでしょ。」
「それもそうだな。それで、何か用かい?ディナーのお誘いなら、しばらくは無理だよ。」
「残念ながら、ダンナが一緒だから私も無理よ。それより、あなたに教えてあげたいことがあってね。マツダイラのことで。」
「日本で何か動きがあったのか?」マキシは急に声のトーンを落とした。
「ええ。気になっていたマツダイラF1チームの監督が発表されたわ。」
「そうか!それで、誰がチーム監督に?」
「ふふふ、聞いたら驚くわよ!」リヴェールは意地悪そうな声で笑った。
「だから誰なの。もったいぶらずに早く教えてよ。」マキシはじれったそうに言った。
「……社長のケン・マツダイラよ。」
「……な!……ケン・マツダイラが……?」マキシは思わず絶句した

   

 
日本───
 
『……続いてのニュースです。再来年から世界最高峰の自動車レース・F1世界選手権シリーズに参戦することが決まっているマツダイラ・モータースは昨日、都内のホテルで記者会見を開き、具体的なF1チームの体制を発表しました。その中で、マツダイラ・モータースの代表取締役社長である松平健氏が、チームと共にグランプリの現場で直接指示を与えるチーム監督に就任し、取締役専務の伊達宗政氏がマツダイラ・モータースの社長代行に昇格することが明らかとなりました。松平氏は会見の中で、次のように述べました。』
 
『……F1への挑戦は、私自身がずっと以前から目標としてきたことです。その目標がいよいよ実現に向けて動き出した今、その夢の舞台で、私自身が世界を転戦するグランプリをチームと共に巡り、現場で直接指揮を執りたいという考えに至り、私自身がチーム監督となることを決意しました。そこで今後の会社の運営に関しましては、取締役専務の伊達宗政氏に一任することにいたします。彼は我が社にとって非常に重要な存在であり、優秀な人材であります。私は彼に全幅の信頼を寄せていますので、今後のマツダイラ・モータースの経営に関してはまったく問題はありません。私が世界各地をまわり、F1での活動に同行するという私のわがままを受け入れてくれ、また今後の会社の運営を引き受けてくれた伊達取締役に感謝したいと思います。』
 
『……この社長交代は今週行われるマツダイラ・モータースの取締役会で正式に承認され、その後松平氏は早速ヨーロッパへと渡り、再来年のF1シーズン開幕に向け本格的なチーム調整を進めていく見通しです。マツダイラは再来年の3月に行われるF1世界選手権の開幕戦で、日本のチームとしてはホンダに続く2番目のF1チームとしてデビューすることになります。……では、次のニュースです。来シーズンからアメリカメジャーリーグに挑戦する、近鉄バッファローズの野茂英雄投手は……』
 
 
 慶喜は夕暮れの街を車で走りながら、考え事をしていた。昨日の夜から何度かテレビや新聞などで報道されているマツダイラの記者会見のニュースに、慶喜は激しい不快感を露わにしていた。 
(……何が“夢の舞台”だよ!家庭を顧みないで好き勝手しやがって、今度はF1のチーム監督だと?世界を転戦するだと?……よくもまあそんな自己中なことが言えたもんだ!オレや母さんがどれだけアンタに振り回されてると思ってるんだよ……!)慶喜は眉間にしわを寄せて歯を噛みしめると、ヒール&トーでブレーキとアクセルを一緒に踏み、減速させながらギアを落とすたびにアクセルをふかしてハンドルを切った。慶喜の乗る黒いRX−7は、キュルキュルというスリップ音を響かせながら広い交差点を鋭く曲がっていった。
 
 慶喜の車が静岡市郊外の閑静な住宅地にある実家に着く頃には、すっかり日が暮れていた。彼は同じ静岡市内のアパートで独り暮らしをしていて、実家に帰ってくるのは約半年ぶりだった。慶喜は中学の頃から父親に反発するようになり、中学を卒業すると高校へは進学せず就職し、父親を避けて就職先の寮へと移った。そのため彼は、実家へは年に数回しか顔を出さないようになってしまったのだ。
 慶喜はガレージに父親の乗る白いユーノス・ロードスターが停まっていないことにホッとして、頭から車を入れた。車庫入れが済んでエンジンを切ると、バックミラーを見ながら短くツンツンと尖った前髪を軽く指先でいじり、車を降りる。そして後ろのトランクを開けて大きなボストンバッグを取り出そうとして、ふと向かいの家に目をやった。それは小学校・中学校と一緒だった幼なじみの、蒼井美香の実家だった。
 蒼井美香とは、ほんの2週間ほど前に、ひょんなことから名古屋のショットバーで中学卒業以来の再会を果たしたのだが、そのとき不運にも慶喜の元恋人が別の男を、それも慶喜がよく知っている全日本F3のチームメイトを連れて入ってきたため気まずい雰囲気になってしまい、慶喜は蒼井を置いて帰ってしまったのだった。彼はその後蒼井の携帯の留守電にメッセージを残したが、蒼井からの返事はなかった。
 確か蒼井は今も実家暮らしだと言っていた。慶喜は一瞬蒼井の家のインターホンを鳴らしてみようかと考えたが、思い直した。向こうから返事の電話がないと言うことは、やはり蒼井はあの夜のことを怒っているのだろうと思ったからだ。
 
 慶喜はボストンバックを肩に掛けて自分の家に入ろうとしたところで、ふと妙なことに気付いた。彼の実家である2階建ての家の明かりが、すべて消えているのだ。いつもは日が暮れると玄関の外灯にも明かりが灯っていたのだが、それすら消えている。慶喜が不審に思って玄関の扉を開けようとすると、扉には鍵がかかっていた。
(……珍しいな、母さんがこんな時間に外出するなんて……。)
 合い鍵を使って家の中に入ると、中は真っ暗でシーンと静まりかえっていた。こんなことは旅行帰りでもない限りあり得ないことだった。ちょっと近所に出かけるぐらいなら、せめてどこかの電気ぐらいはつけたまま出るだろう。異様な雰囲気を感じながら、慶喜は玄関の電気をつけてスニーカーを脱ぐと、それを揃えて向きを変えた。彼の母親が近所に買い物に行く時などによく履いているサンダルは残っていた。
 彼はボストンバッグを肩に掛けたままリビングルームに入り、電気をつけた。やはり母親のいる形跡はない。久しぶりに実家で母親の作ったご飯を食べようと思っていた慶喜は、その思惑が外れてしまい、ため息をついてボストンバッグを床に下ろすと、キッチンの冷蔵庫を開けて食べ物を探した。ところが、冷蔵庫の中にはすぐに食べられるようなものは、ほとんど入っていなかった。(こんなことなら、あらかじめ今日帰ることを連絡しておけばよかった。)
 仕方なく、母親が帰ってくるまでテレビでも観て待っていようと思い、食卓の椅子に腰を下ろしたところで、慶喜はその食卓の上に置かれているものに気付いた。それは母親の字で父親宛てに書かれた置き手紙と結婚指輪、そして母親のサインと捺印がされた、離婚届だった。置き手紙には、こう記されていた。
 
 『今までずっと我慢してきましたが、もう限界です。さようなら。』
 
 慶喜はそれを見て、一瞬めまいに襲われた。そして彼はそのまま背もたれに寄りかかり、口をぽっかりと開けたまま、放心状態に陥ってしまった。
「……ウソだろおい……」慶喜は、思わず震えた声を漏らした。

   

 
イギリス・コッツウォルズ、バイブリー───午前9時を回り、朝靄も徐々に晴れてきた頃、森の中でマキシ・レッドフォードが密かに監視を続ける中、ようやくドーム型の建物の横道から数台の車が出てきてファクトリーの前の駐車場に入ってきたり、徒歩で表側の森の小道から歩いてきてコルン川に架かる丸太橋を渡って来たりと、マツダイラ・ユーロのスタッフたちが出勤し始めてきた。しかし、まだマキシがこの数日張り込んで待ち続けている瞬間は訪れそうになかった。そこへ、再びマキシの内ポケットの携帯電話が着信した。
 
「ハロー?」
「私だ。」その低く艶のある声は、マキシの上司である、ファー・イースト・リサーチ社の『モーターワールド』編集長サムの声だった。
「ああ、編集長。おはようございます。」
「おはようレッドフォード。マツダイラのチーム監督の話は、ミセス・ウェスターから聞いているかね?」
「ええ、先程聞きましたよ。前々から誰がチーム監督になるのか気にはなっていたんですが、まさか社長自らチーム監督になるとは、予想だにしていませんでしたね。」
「まったくだ。マツダイラには毎回驚かされることばかりだよ。ところで、そっちの取材の方はどうなっている?」
「今のところ、まだ動きはないようですね。この施設が十中八九F1マシンを製作するためのファクトリーであることは間違いないと思いますが、その証拠はまだ掴んでいません。」
「……そうか。しかし来週早々からF1のオフシーズンテストがシルバーストーンでスタートする。マツダイラはそのシルバーストーンで新型車のシェイクダウンを予定しているから、すでにマシンは完成されていると見ていいだろう。もしお前の推測通り新型マシンがそのファクトリーで製作されたのであれば、そこから運び出されるのはもはや時間の問題だ。すまないが、引き続き粘ってみてくれ。」
「OKボス、任せてください。」マキシはニヤリと自信ありげな笑みを浮かべた。
「それから、他のマスコミがマツダイラ・ユーロの存在を嗅ぎつけている形跡はあるか?」
「いいえ、今のところマスコミらしき人間は目撃してないですね。まだ十分スクープとしての価値は高いですよ。」
「動かぬ証拠がつかめればな。」
「掴んで見せますとも、ボス。」
「期待しているぞ。それから、くれぐれも風邪を引かないように気をつけろよ。」
「お気遣いどうも。」
 
 マキシは編集長サムに、まだこの施設が完全にF1マシンを製作するためのファクトリーであるという確信には至っていないというニュアンスで話していたが、実はマキシは、すでに確信を得ていた。なぜなら彼は、このファクトリーの所長であるドクター・ハイド・ボーンの計らいでファクトリーの内部に案内され、F1マシンのパーツが製作されている現場をその目で目撃しているからだ。しかし、マキシがそのことをサムに話さなかったのには理由があった。
 実はちょうどマキシがファクトリーを案内されていた時に、日本のマツダイラ本社から電話が入り、所長のドクター・ハイド・ボーンは「レッドフォードというアメリカ人記者に注意しろ」という警告を受けたのだ。しかしすでにその要注意人物であるマキシをファクトリーの内部に招き入れてしまっていたという失態を犯してしまったハイド・ボーンは、マキシに対し、「このファクトリーには入らなかった、何も見なかったことにして欲しい」、つまり、「このファクトリーの内部に入ったことは記事にしないで欲しい」と懇願してきたのだ。
 マキシとしても、ハイド・ボーンが親切心で自分をファクトリーに招き入れてくれたという心意気を無碍にすることができず、結局彼はハイド・ボーンの要求を受け入れ、「このファクトリーの内部には入らなかった」ことにしたのである。しかし、いずれにせよマキシはファクトリーに入った際、カメラもボイスレコーダーも持ち込むことができなかったため、証拠を押さえることができなかった。だから自分の目で目撃したとはいえ、何も見ていないのと同じことだった。収穫が何もない以上、編集長サムに報告することは何一つないのだ。
 ファクトリーの内部に入っていようがいまいが、証拠をフィルムに収めなくては、マキシのここでの仕事は終わらない。マキシは、完成された新型F1マシンがこのファクトリーから搬出される瞬間をフィルムに押さえるため、こうして森の中に潜んでシャッターチャンスを伺っていたのだ。まさかマツダイラ・ユーロの誰も、自分がこんな森の中にテントを張って張り込んでいるとは思うまい。マキシは双眼鏡でファクトリーの様子を伺い、しばらく動きはなさそうだと判断すると、一旦森の中のテントに戻り、コーヒーを入れるためのお湯を沸かす準備をし始めた。
 
「おはよう、ミスター・レッドフォード」
「うわぁ!」不意に声を掛けられ、マキシは驚いて思わず水を入れた鍋をこぼしてしまった。何とテントの後ろから、白衣を着て丸眼鏡をかけた、白髪の小柄な老人が姿を現したのだ。
「ド……ドクター・ハイド・ボーン!」
「ほれ、差し入れのマフィンじゃ。ファクトリーの女の子が作ってきてくれたやつじゃ。なかなかいけるぞ!」そう言ってボーンはマフィンが入ったバスケットをマキシに手渡した。
「……こりゃどうも。いつから僕がここに潜んでいることを……?」
「一昨日じゃよ。わしは毎朝始業時間前に森の中を散策するのが日課でな。あんたがやってきてテントを組み立てているところをたまたま見かけたんじゃよ。」
(……思いっきりバレバレじゃん……)マキシは思わず顔を引きつらせた。
「あんたがわしの申し入れを受け入れてくれて、秘密を守ってくれたことは感謝しておる。あんたが紳士的な人間であることはよくわかったよ。おかげでわしの首も飛ばずに済んだ。」
「いえ、どちらにしても私は証拠をフィルムに収めてはいませんからね。だからこうして、森の中に潜んでシャッターチャンスを伺っていたんです。しかし、まさかバレていたとはね。」マキシは観念して両手を挙げ、口をへの時に曲げた。
「何とも、ご苦労なこったな。あんた毎日ここに来て見張っとったのかね?」
「ええ、ずっとここにいるわけではありませんが、だいたい朝の7時過ぎから夜遅くまで、多くの時間はここで過ごしていましたよ。」
「ほうほう、朝は7時過ぎから、そりゃまたずいぶん早起きじゃな。」ボーンはそう言いながら何度か頷いた。
「しかしまあ、バレてしまったからには、別の手を考えないといけませんね。」
「ふふふふ、悪いがレッドフォード君、新型マシンをシェイクダウン前に公表するわけにはいかんのだよ。社長のケン・マツダイラは秘密主義者なのでね。我々も搬出の際には、あんたにマシンを撮られぬよう、細心の注意を払うつもりじゃよ。」
「ははは、そうですか。」マキシはまいったなといった感じで頭を掻いた。

   

 日本・静岡市井川山中・マツダイラテストコース『K−6』───マツダイラが誇るこの広大なテストコースでは、この日も朝早くから、マツダイラのスタッフたちによってF1マシンのデータ収集が行われていた。但し、現在コッツウォルズでマツダイラの新型マシンMS−P2がすでに開発されているため、このKー6でのデータ収集は、1台のみの旧型マシン『MS−P1』でのタイヤ、エンジン、及びブレーキのテストなどが主だった。タイヤは現在F1でワンメイクとなっているアメリカのグッドイヤー社のタイヤ、そしてエンジンは、イギリスのエンジンビルダー、ブライアン・ハート社が型落ちのフォードエンジンをモディファイした、ハートエンジンを使用している。ブレーキ類はマツダイラ製のものだ。
 昨年のドイツF3チャンピオンで今シーズンは全日本F3に参戦しながらマツダイラのテストドライバーを努めるドイツ人、ミハエル・カッズ・クーンがMS−P1を駆りコースを周回している間、マツダイラのF1チーム監督となった松平健とレース戦略を担当する神宮庄之助は、コントロールタワーの1階にある食堂で、今後の予定などを話し合っていた。そこへ、血相を変えて食堂に入ってきた者がいた。
 
「親父ッ!」その声に、松平と神宮は揃って振り返った。
「……慶喜……どうしたんだ?お前がこんなところに来るなんて……」松平は、思いも寄らぬ訪問者に驚きを隠さなかった。慶喜が中学時代から、仕事を優先して家庭を顧みない父親に対して反発するようになり、松平父子は、もう長年ほとんど顔も合わせなければ話すらしないほど疎遠になっていた。その息子が、突然わざわざこんな山奥のサーキットまでやってきたのだ。松平が驚くのも無理はない。
「大変だ!母さんが離婚届を置いて家を出てった!」慶喜は息を切らしながら叫んだ。
「……な……何だと?」松平は思わず叫んだ。
「小田原のじいちゃんちに電話してみたけど、じいちゃんちには帰ってないみたいだ。」
「じゃあ、今どこにいるのかまったくわからんのか?」
「ああ、見当も付かない。」
「……オレは、先にピットに戻っているよ。」2人のやりとりを聞いていた神宮は、気を利かせて席を立った。
「あ、ああ、すまんショーさん、オレもすぐに行く。」松平は手を挙げて神宮を見送った。
「おい親父!母さんと何かあったのかよ!」慶喜は激しい口調で父親を問いただした。
「何かあったも何も、ここんとこずっとF1の準備に追われて、家には帰ってないんだ。」松平は困惑した表情で答えた。
「帰ってないだと?電話は?」
「いや、電話もしてない。」父親の答えに、慶喜は呆れたような表情を見せた。
「……まさか親父、ニュースで言ってたこと、母さんにまったく相談してなかったわけじゃないだろうなあ。もちろんオレはニュースを見るまでは、アンタがチーム監督になって世界中を回るなんて話は全く知らなかったぜ!」慶喜は言いながら、父親の座っているテーブルに詰め寄る。慶喜の問いに松平は一瞬間を置き、慶喜から目をそらして答えた。
「……いや、母さんには何も相談していない。」
「何やってんだよオメーはよッ!」慶喜はテーブルを思いっきり叩いて大声で叫んだ。
「おいちょっと待てコラッ!親に向かって何だその口の利き方は!」松平も怒鳴る。
「うるせえッ!アンタ母さんをただの置物だとでも思ってるのかよッ!オレと母さんはなあ!アンタのそういういい加減な態度にもうウンザリしてんだよ!オレはニュースを見た時、よく母さんが許したなと思ったよ!けど、まさか母さんに何の相談もしないで海外行きを決めちまったとは思わなかったぜ!」
「オレはいつだって仕事のことは母さんに相談したことはない!母さんもオレの仕事の話には一切口を挟んだりはしなかった!今回もそうだ!これは仕事なんだぞ!」
「ふざけんな!母さんの気持ちもちったぁ考えてやれよ!何でアンタはいつもそうなんだ!そうやってアンタはいつでも自分の都合のいいように自分の主張を押しつけて、オレたちのことなんかまったく考えてねえんだ!母さんにもしものことがあったらどうすんだよ!」
「放っておけ!」
「何言ってんだよ!放っておけるわけねえだろうが!」
「心配しなくても、一時的な感情に決まってる!そのうち頭を冷やして帰ってくるさ!」
「そんなわけねえだろ!いい加減自己中な考えはやめろッ!とにかく、アンタも母さんを捜すの手伝ってくれよ!」
「あのなあ!オレは今忙しいんだ!今一番大事な時なんだぞ!母さんの家出にいちいち付き合ってられるわけねえだろ!」
「アンタはこのまま母さんが帰ってこなくてもいいと思ってるのか?」
「そんなことはない!母さんは戻ってくる!心配するな!」
「戻ってこねえよ!見ろよこれ!母さんの置き手紙だ!指輪と離婚届と一緒にテーブルに置いてあった!母さんは本気で離婚する気だぞ!」
「とにかく!今はオレがここを離れるわけにはいかんのだ!」
「母さんよりF1の方が大事だってことか!」
「そうだ!今はな!」父のこの最後の言葉に、慶喜は一旦言葉を止めた。そして軽蔑のまなざしで父親を見下ろした後、再び、今度は静かに口を開いた。
「……わかったよ。もうアンタには何も期待しない。もうアンタを父親と思わない。」慶喜はそう言って、静かに食堂から出ていった。後に残された松平は、慶喜が置いていった妻の置き手紙を読み、そして椅子に座ったまま深いため息をついて、頭を抱え込んだ。

   

 イギリス・コッツウォルズ、バイブリー、午前2時───この時期この地方では、一番冷え込む時間帯だった。しかし、マキシ・レッドフォードは、月明かりも届かない暗黒の森の中に、独り留まっていた。昨日一昨日のこの時間はとっくにホテルの部屋で休んでいたが、今夜は何かの予感を感じ、これまでのポイントとは別のポイントに場所を移してテントを張った。ここは正面のガラス張りの建物の裏側にあたり、ドーム型の建物の脇にある小道に面した場所で、ドームの後ろ側が見渡せる。真っ暗な森の中で、白いドームだけが月明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がっていた。
 ドームの裏側には、車が2台並んで通れるほどの、比較的広い砂利道が延びていた。実はここのスタッフたちは、車でこの道を通り、ドームの裏側から回り込むように正面の駐車場へと出ていたのだった。しかし、マキシがバス停で降りてやって来た表側の小道とは別の道なので、この裏の道がどこに通じているのかは、全く見当が付かなかった。
 マキシは、今朝のドクター・ハイド・ボーンの言葉が妙に気になっていたのだ。彼はマキシがこの森で張り込んでいる時間帯をやたらと気にしていた。もしかしたらハイド・ボーンは、自分を欺くために、自分が張り込んでいないであろう時間帯に新型マシンの搬出作業を行うのではないかと考え、今夜はホテルへは戻らなかったのだ。これはギャンブルだった。もしマキシの予感が外れ、今夜は搬出作業が行われなかったとしたら、明日の張り込みは寝不足でとても辛いものになるだろうと、彼は思った。午後8時過ぎにスタッフ全員が帰宅してすべての電気が消灯したファクトリーは、今のところ静寂を守ったままだった。その静寂の中、森の中のフクロウの鳴き声だけが時折聞こえた。
 
 マキシがじっと身を潜めていると、裏の道からこちらへと向かってくる、数台分の車のヘッドライトの光が見えてきた。車は4台のワゴン車で、砂利を踏みしめる音を立てながらゆっくりとやってきて、ドームの横の小道に縦列で停められた。そしてそれぞれのワゴンから出てきたのは、マツダイラ・ユーロのジャケットを着込んだファクトリーのスタッフたちだった。
(ビンゴッ!)マキシは暗闇でその様子を伺いながら、小さくガッツポーズをした。やはり彼らはマキシの予想通り、マキシを欺くために深夜の搬出作業を敢行しようとしていたのだ。
 マキシは音を立てないように細心の注意をしながら、声を押し殺して森の一番外れ、小道のすぐ脇まで出てきた。そこで彼はそれぞれ三脚に取り付けられたビデオカメラとスチールカメラを設置し、待機した。
 スタッフたちは皆懐中電灯を携帯し、ドームの一番裏側に集まった。すると、ドームの壁が静かに開かれていくのが見えた。それはマシンや機材の搬入口だったのだ。搬入口が完全に開かれると、スタッフの数人が入り、中から照明機材を運び出して搬入口の回りに設置し始めた。設置が終わったものからスイッチが入れられ、搬入口付近が眩しいほどの光に包まれた。
 しばらくして、今度は小道の方からバックギアの電子音を鳴らしながら、スタッフに先導され一台の大型トレーラーが近づいてきた。それは紛れもなく、マシンを運搬するためのトランスポーターと呼ばれる車両だった。トランスポーターの横っ面にはでかでかとマツダイラ・ユーロのロゴが描かれている。それはゆっくりと後退を続けながらマキシの目の前を通り過ぎると、そのまま慎重に、荷台の最後部が搬入口ギリギリまで寄せられた。
(抜かりないな……)マキシは思った。(まさか僕がこんな夜中に森の中に潜んでいるとは思っていないだろうが、一応念には念を入れてなるべく搬入口に寄せて外からの隙間を減らし、ほとんどマシンを積み込む作業が見えないようにするつもりだ。果たして新型マシンを捉えられるだろうか……)
 
 午前3時、いよいよマツダイラの新型F1マシンの搬出作業が始まった。マキシは赤外線ビデオカメラを回してその様子の一部始終を動画として記録しながら、スチールカメラのファインダーを覗き込み、その決定的瞬間を待った。
 トランスポーターと搬入口のわずかな隙間に、照明に照らされて光り輝くゴールドのF1マシンが姿を現した。その形状などの細部はまったくわからないが、それがF1マシンであることは一目瞭然だった。マキシは望遠レンズのピントを合わせ直すと、露出とシャッタースピードを変えては何度もシャッターを切り、その様子をフィルムに収め始めた。ちょうど1台目のマシンの積み込みが終了した頃、カメラの36枚撮りフィルムが終わり、フィルムが巻き戻るモーター音が聞こえた。マキシはじれったそうにフィルムが巻き戻るのを待ち、そしてすぐさまフィルムを交換した。そして搬入口には、2台目のF1マシンが姿を現した。マキシは引き続きシャッターを切り始めた。
 マシンの積み込みが終わると、その他の細かい部品などが一緒に詰め込まれ、作業は1時間ほどですべて完了した。最後にスタッフが荷台の扉を閉めると、2台の新型マシンを乗せたトランスポーターは、ゆっくりと砂利を踏む音を立てながら裏の小道を走り去っていった。
 
「……まさか、この時間まで張っておったとはの。」
「うわあッ!」マキシはトランスポーターを見送っている背後から突然声を掛けられ、思わず飛び上がって驚いた。そこにいたのは、ファクトリーの所長ドクター・ハイド・ボーンだった。(……ったく毎回脅かすなよ!このじいさんどこから沸いて出てくるんだ?)
「おぬしも相当根気強い男のようじゃのう。その仕事に賭ける執念には脱帽じゃ。」
「昨日の朝のあなたの勘ぐるような会話から、僕を出し抜いて真夜中に搬出するのではと思って張っていたんですよ。予想が的中して良かったです。」
「恐れ入ったわい。しかし、念のため警戒しておいて正解じゃったよ。マシンの形状など全くわからなかったのではないかね?さすがにここからあの隙間を狙っていたんじゃ、まともに見えんかったじゃろう。」ボーンは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ええ、マシンの形状は全然わかりませんでしたよ。でも、僕の仕事は成功です。」マキシはニッコリと笑ってそう答えた。
「なぬ?成功じゃと?」ボーンは意外な答えに目をぱちくりさせた。
「ええ、僕の目的は新型マシンのフォルムをスクープすることではありませんでしたからね。どうせあと数日であの新型マシンはシルバーストーンで発表されるんですから、別にマシンの形状はどうでもよかったんですよ。」
「では、何が目的だったというんだね?」ボーンは聞き返した。
「僕の目的は、このファクトリーからF1マシンが搬出されるところを捉えることだったんですよ。つまり、この施設がF1マシンを製作するためのファクトリーであるという証拠が欲しかっただけです。マシンの形状はわからずとも、搬出しているものがF1マシンであることさえわかれば良かったんです。もちろんバッチリとフィルムに収めましたよ。」
「しかしあんたは、元々ここがF1マシンのファクトリーだと知っていてここを訪れたのではなかったのかね?」ボーンは半ば動揺した様子で聞いた。
「いいえ、そうではないかと予想はしていましたが、確信はありませんでした。しかしあなたがファクトリーを見せてくれたことで、確信することができたんですよ。」
「……何と言うことじゃ、あんたはあの時、わしにカマをかけおったんじゃな。」
「ええ、すいません。」
「……つまり、ここがマツダイラのF1マシンを製作するファクトリーであると言うこと自体がスクープじゃったということか。」
「そうです。今のところその事実を知っているのは、うちだけでしょうね。」
「ではあんたはこの数日間、ただそれだけのために、ここで張り込んでいたというのかね?」
「その通りです。うちの雑誌は、どんなに信憑性の高い記事でも、確固たる証拠がない限り掲載することはできないんです。」マキシの答えに、ボーンは呆れたような表情を見せた。

   


 ハイド・ボーンが立ち去った後、まだ搬入口の照明が消されないうちに自分のキャンプも撤収しようと荷物をまとめているところへ、2人組の男がゆっくりと近づいてきた。どちらも黒い中折れのソフトハットを被り、黒いコートに身を包んでいた。一人はマキシよりもだいぶ年輩の男で、もう一人は若い部下のようだ。
「マキシ・レッドフォードさんですな。」年輩の方の男がマキシに声を掛けた。その声は低く、ゆっくりと落ち着いた口調で、滑らかな話し方だった。マキシはその男たちを見て怪訝な顔つきをした。(なんだ?この男たちは……どう見てもファクトリーの人間じゃない……それに、なせ僕の名を……?)そのマキシの表情を見た男は、フッと笑顔を見せた。
「ご心配なく。我々は怪しい者ではありません。私はインターポールのダニー・フェルドマンです。」そう言って男は身分証明証をマキシに見せた。若い部下もそれに習う。
「……インターポール?国際警察が、僕に何の用ですか?」マキシは訝しげに応えた。
「ずいぶん探しましたよレッドフォードさん。いくつかあなたに聞きたいことがありましてね。日本で起こったハイウェイカー狙撃事件を、ご存じですね。」フェルドマンと名乗る
男は静かに語った。
「ハイウェイカー狙撃事件……」マキシはすぐに思い出した。いや、忘れるはずもない。自分の目の前で起こった、あの壮絶なマーカス・ミッドフィールドの事故のことだ!確か新聞では、ミッドフィールドは狙撃されたと書かれていたな。
「レッドフォードさん、あなたは、狙撃されたマーカス・ミッドフィールドの車を、タクシーでずっと尾行していたそうですね。タクシーの運転手が証言していますよ。そしてあなたが静岡のホテルでチェックインしてすぐに、そのタクシーに乗り込んだこともね。」
「……ええ、それは事実です。私はマーカス・ミッドフィールドを追っていましたから。」マキシは素直に認めた。
「なぜあなたは、彼を追っていたのですか?」
「もちろん取材ですよ。彼に関する、ある疑惑について調査をしていました。偶然ホテルのロビーで彼を見かけたので、僕は彼を追ってタクシーに乗り込み、彼を尾行したんです。言うまでもなく、まさか僕の目の前であんな事故が起こるなんて夢にも思っていませんでしたがね。」マキシは正直に答えた。
「マーカス・ミッドフィールドには、どんな疑惑があったのかね?」フェルドマンの口調が変わった。
「……それをお話しすることはできません。我々が入手したのは未確認情報ですので、その真意が定かでない以上、情報を外に漏らすことはできません。」
「我々はあらゆる機密事項に触れる権限を持っている。レッドフォード君、知っていることをすべてお話願いたい。」フェルドマンはさらにゆっくりとした口調で詰め寄った。
「わざわざここまで足を運んでもらって申し訳ありませんが、できません。」マキシも毅然とした態度で断った。
「その気になれば、君を拘束することもできるのだぞ。」フェルドマンの口調が、やや威圧的になる。
「……僕を脅迫するつもりですか?逮捕したいのならばそうすればいい。しかし、何度も言うように、僕の口からそのことについて話すことはできない。」そのマキシの頑なな態度に、フェルドマンは諦めたように表情を緩め、ため息をついた。
 
「……では、誰に聞けば話してもらえるのかね?」フェルドマンは質問を変えた。
「取材の情報は、すべて僕の上司である編集長サム・ゴールドウィンからもたらされ、そして僕が得た情報のすべては彼の耳にも入っています。彼なら『モーターワールド』のすべての責任と権限を持っていますから、公表できるものとできないものを判断できるでしょう。」
「……なるほどな。では、君の言う通り、詳しい話はサム・ゴールドウィン氏から聞くことにしよう。ところでレッドフォード君、君に見てもらいたい写真があるのだがね。」フェルドマンはそう言って胸の内ポケットから1枚の写真を取り出し、マキシに見せた。それは2人の男が酒の入ったグラスを持ち、楽しそうに肩を組み、笑いながら写っている写真だった。マキシはその写真を目にした瞬間、思わず顔をこわばらせてしまった。そこに写っていた男のうちの一人は、紛れもなくマキシがよく知る人物、マツダイラの社長ケン・マツダイラだったのだ。
「その東洋人と一緒に写っている男を知っているかね?」フェルドマンはマキシに尋ねた。マキシはそれを聞き、彼らが尋ねているのがケン・マツダイラのことではないことを知った。ケン・マツダイラと一緒に写っている男は、マキシの知らない男だった。
「……いえ、初めて見る顔ですね。」ウソは言っていない。
「……そうか。その男は我々が追っている男の一人で、イタリアンマフィアの幹部、ジョルノ・フェレーラという男でね。」
「イタリアンマフィア……?」マキシは聞き返した。
「そう、彼はハイウェイカー狙撃事件に関与していると言われている男だ。」
(ケン・マツダイラがあの狙撃事件に関与しているイタリアンマフィアの幹部と繋がりがある……これは一体……)マキシはフェルドマンたちの前で、困惑した表情を隠すことはなかった。
「その写真はあなたに差し上げます。もし彼をどこかで見かけるようなことがあれば、連絡をいただきたい。」フェルドマンはそう言ってマキシに自分の名刺を手渡した。
 
 
「部長、いいんですか?彼にフェレーラの情報を漏らしてしまって。しかも写真まで……」若い部下は車を運転しながらフェルドマンに言った。
「漏らしたんじゃない、餌を与えたんだよ。」フェルドマンは助手席で腕組みをしながら答えた。
「レッドフォードは、あの写真を見て相当動揺していた様子でしたね。」
「……そうだな。レッドフォードに写真を持たせたことで、やつは自分が知らなかった新たな情報を得たのだ。あとはやつを泳がせれば、やつが我々の求める何かを探り当ててくれるかもしれん。」フェルドマンは不気味な笑みを見せた。
「彼は相当頭の切れる男らしいですからね。」
「やつの洞察力と行動力は、あのここ数日の張り込みっぷりを見ても明らかだろう。諜報機関顔負けの根気強さだとは思わんかね?」
「……確かに。」
「……引き続きやつを、レッドフォードを監視することにしよう。」
 
 
(つづく)


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