CHAPTER JUMP  1 - 2 - 3 - 4 - 5 - 6
※この物語はフィクションです。


 F1───モータースポーツの最高峰であるF1世界選手権は、1950年、イギリスのシルバーストーンで始まった。その記念すべき最初のチャンピオンは、法律学の博士号を持つイタリア人ドライバー、ジョセッペ・ファリーナ。以来テクノロジーは進化し続け、F1グランプリは、勇敢で近代的なチャンピオンを次々と世に生み出し続けてきた。
 中でも80年代は本格的なターボ時代を迎え、また急速なハイテク化が進み、近代F1の基礎となった年代とも言われている。80年代前半はニキ・ラウダ、ジル・ビルヌーヴ、ケケ・ロズベルクらの名ドライバーたちがしのぎを削り、82年のジル・ビルヌーヴの事故死、85年のラウダ引退を経て、80年代後半はネルソン・ピケ、アラン・プロスト、アイルトン・セナ、ナイジェル・マンセルらの新たな旋風によって世代交代を迎えた。また同時に86年からは、日本から15年ぶりにグランプリに復帰したホンダの時代が幕を開ける。その終盤にはセナとプロストの2強による直接対決が繰り広げられ、88年にはターボ時代が終焉、NA(自然吸気エンジン)元年となった89年から、ホンダがセナ、プロストを擁して圧倒的な強さを見せて他を圧倒し始める。F1にとっての80年代は、まさに激動の時代だった。
 
 90年代に入り、セナとプロストの因縁の対決は激しさを増した。セナはマクラーレン・ホンダと共に戦い88・90・91年とタイトルを獲得、プロストは89年に自身3度目のタイトルを獲得するが、それはセナとのチームメイト同士の接触によってもたらされた、いわく付きのタイトルだった。常に全力で戦う感情的なセナと、計算された戦略と緻密な心理作戦で冷静に戦うプロスト、セナとプロストのチーム内での関係はもはや修復不可能なまでに崩壊、翌年プロストはセナのいるマクラーレンを離れ、フェラーリへと移籍した。しかしその年のセナのタイトル獲得は、前年のプロストの接触と、セナ曰く「タイトルを不当に奪い取られた」ことに対する「報復」によってもぎ取られたものだったのだ。そして90年代も、セナ、プロスト、そしてマンセルによるさらなる激動の時代が続くかのように思われた。
 しかし、ナイジェル・マンセルがウィリアムズ・ルノーの圧倒的な強さで自身初のタイトルを獲得した昨年、マンセルはアメリカのインディCARTシリーズへの転向を発表し、同時にセナと共に戦い続けたホンダはF1からの撤退を表明した。さらに今シーズン、アイルトン・セナと数々の熾烈な争いを繰り広げたアラン・プロストまでもが、もはや最強となったウィリアムズ・ルノーに移籍して自身4度目のワールドタイトルを獲得し、そのまま早々にF1から引退してしまったのだった。
 
 こうしてアイルトン・セナは、共に栄光の時代を築いたライバルとホンダエンジンを失い、孤高のチャンピオンとなってしまった。34歳になるベテラン・ドライバーのセナは、これからたった一人で、世代交代が始まりつつあるF1グランプリの中で、ミハエル・シューマッハやミカ・ハッキネン、デーモン・ヒルといった、これから絶頂期を迎えるであろう新たなジェネレーションと戦っていかなければならなくなったのだ。
 そして、年が明けた。セナは、フォードの1年落ちのエンジンとなって著しく戦闘力を低下させてしまったマクラーレンを離れ、現在のところ最強マシンと詠われているウィリアムズ・ルノーに乗ることが決定していた。昨年はプロスト、そしてその前の年には圧倒的な強さでマンセルがタイトルを獲得したマシンである。
 多くのF1関係者やファンたちは、ウィリアムズ・ルノーで戦うこととなったアイルトン・セナの通算4度目のタイトル獲得を確信していた。F1を眺望するものたちは、それまでのマルボロ・マクラーレン・レッドからロズマンズ・ウィリアムズ・ブルーへと移り変わる、新たなセナ伝説の始まりを予感していたのだった───。


 
 日本・東京───毎年年末から年始にかけて、F1の世界では世界各国で次々と各チームが新型車や新チーム体制の発表を行い、3月から始まるF1シーズンに向けての調整を整え始める。そんな中、F1の本拠地であるヨーロッパから遠く離れたこの小さな島国で、モータースポーツ界にとって、非常にセンセーショナルな発表が成された。それは、日本の準ワークスチーム「マツダイラ」が、2年後にコンストラクターズ・チームとしてF1に参戦するというものだった。
 現在F1は1年を通じて世界各国を巡り、全16〜17戦を11チーム22台で戦っているが、この新たにF1参戦を表明したマツダイラは、12番目のチーム枠をF1を統括しているFIA(国際自動車連盟)に打診し了承された。これにより再来年からのF1は、12チーム24台でシーズンを争われることになる。これはF1グランプリにとっても、単純に台数が増えることでさらなる激戦が予想され、それによりエキサイティングなレース展開が期待でき、F1人気のヒートアップにも繋がるため、FIAとしては願ってもないニューカマーといえるだろう。だが現代のF1グランプリにチームとして参戦するためには今や膨大な資金が必要となるため、多くの世界の自動車メーカーはF1への参戦を見合わせているのが現状だ。それゆえ純粋な自動車メーカーではなく、いちチューンナップメーカー上がりの新興自動車メーカーであるマツダイラの登場は、大いなる驚きを持って迎えられた。
 
「……我がマツダイラは、新たなる第一歩を踏み出そうとしています。我々の空力技術は、国内のレースはもとより、世界三大レースの一つであるル・マン24時間耐久レースでも高く評価されています。その我が社が最も得意とする空力技術で、空力の結晶とも言えるフォーミュラマシンを研究・開発してきました。その完成品が、この『MS−P1』です。」
 東京ベイホールを貸し切って開催された、マツダイラのF1参戦発表セレモニーのメインイベントとも言うべきF1マシンのお披露目が、ついにその時を迎えた。数百人もの報道陣や関係者たちに囲まれたステージの中央、舞台下の奈落から、マツダイラの黄金のF1マシン『MS−P1』が荘厳なオーケストラ音楽をバックに、ゆっくりと回転しながら舞台にせり上がってきた。その様子はステージの背面の巨大モニターにも映し出される。それと同時にステージ上は一斉にすさまじい数のフラッシュを浴びた。黄金のマシンはスポットライトを受けてまばゆいほどの金色の光を放っていた。マツダイラのF1マシンが、初めて世界にその姿を現した瞬間だった。ステージ上に立つマツダイラ・モータース社長、松平健は満足そうにその光景を見下ろしながら、再びマイクを構えた。
「我が社は、この黄金のマシンでさらなるマシン開発を続けるとともに、万全なチーム体制を整え、2年後より世界最高峰のモータースポーツ、F1に挑戦します。そして我が社の技術が世界にどこまで通用するのか、試してみたいと思っています。」松平は胸を張り、自信に満ちた表情を見せた。彼の演説が終わると同時に、再びステージ上はフラッシュの嵐に包まれた。
 
 
「マキシ、やっと見つけたわ。」報道陣の人混みの最後部で脚立に登ってシャッターを切っていた米『モーターワールド』誌編集部のマキシ・レッドフォードは、その声に振り向いた。
「リヴェール!来てたの!」声の主を見てマキシは驚きの声を挙げた。
「当然じゃない。……それで、あなたはこんなところで何してるの?」日本に在住しているイギリス人モータースポーツ・ジャーナリストのリヴェール・ウェスターは、きょとんとした顔でマキシに訊ねた。
「……どうもこうも、僕は招待されていないからね。場所が取れなかったんだよ。」マキシは脚立を降りると頭を掻きながらそう答えた。
「……その割にはずいぶんと準備がいいじゃない?脚立まで持ち込むなんて。」リヴェールは意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言った。
「言うなよ……こういうのはもう慣れっこなんだ。」マキシはふてくされた表情を見せた。
「そう言う君だってちゃっかり潜り込んでいるじゃないか、いい写真は撮れたのかい?」
「あら失礼しちゃうわ。私はちゃんと特等席でばっちりフィルムに収めたわよ。」リヴェールはそう言って、マキシにセレモニーの招待状を見せた。
「……うそ……君、招待されてるの……?」マキシはあんぐりと口を開けた。
「もちろんよ!これでも私、日本では名が通ってるのよ!」リヴェールは得意げに言った。
「……はん!やれやれ、僕に招待状をよこさないところをみると、マツダイラはうちがスクープしたことを未だに根に持っているようだな。こんなに早い時期に参戦表明を敢行したのも、マスコミがうちのスクープを見てどっと押し寄せる前に先手を打ったってとこだろう。たぶん本当は、もう少しチーム体制が確立してから発表に踏み切りたかっただろうに。それに2年も前からテストカーまで用意していることが知られてしまったからな。その噂のマシンをあえて参戦表明の場に持ち込んだのは、かなり宣伝効果があったようだ。」
「あなたって、ほんとに高いところが好きなのね。去年の木登りといい……」リヴェールは、マキシが乗っていた脚立を見てそうつぶやいた。
「……人の話、聞いてる?」
 
 ステージ上にはF1マシンと松平社長の他に、何人かの人物の姿が見えた。黄金のレーシングスーツに身を包んだ長身の若きドイツ人ドライバー、昨年ドイツF3でチャンピオンに輝いたミハエル・カッズ・クーン、そしてその横にいるのは、松平社長の親友であり、昨年ル・マンでプライベーターのチームとして24時間耐久レースに初出場し、いきなり総合4位という快挙を成し遂げた「チーム・スワロー」の元オーナー、神宮庄之助だ。彼は過去にあらゆるモータースポーツに携わり、その卓越した戦略センスが定評のある人物だ。
「マキシ、あのカッズ・クーンの横にいるのがミスタージングウよ。」リヴェールはステージ上の神宮を指さしてマキシに耳打ちした。
「やっぱりマツダイラは、ジングウをチームの戦略担当として起用するつもりなんだ。今回は参戦表明とテストカーのお披露目だけで、具体的なチーム体制はまったく明らかにされなかったが、彼があそこにいるということはそう言うことだろう。」
「でも、チーム代表には誰がなるのかしらね。まさかル・マンのときのように、ジングウが1人で戦略を立てながらチーム運営をこなしていくのかしら……」
「……まさか。ル・マンとF1じゃ動く金や設備環境、それに人材の規模が違うよ。それにF1は年1回のル・マンと違って年間17戦も転戦するんだ、ジングウがチームマネージメントまで担当するのは荷が重すぎるよ。どっちもおろそかになっちまう。ジングウはレース戦略に専念させて、マネージメントは他の人間にやらせるさ。」
「でもF1のチームマネージメントなんて言ったら、それこそレース戦略以上に豊富な知識や経験が必要となってくるじゃない?そんな人材がマツダイラにいるとは思えないけど。」
「うん、確かに。その辺も興味深いところだね。誰を持ってくるのか楽しみだ。」


 
 その日の夜、東京でのセレモニーを済ませて静岡の本社に戻った「マツダイラF1プロジェクト」のメンバーたちは、会議室で緊急会議を開いた。F1参戦のために特別に編成されたこのメンバーは、松平社長、神宮庄之助を始め、マシンデザイナー、エンジニア、空力技師、テストプランナー、スケジュールプランナー、チームコンサルタントなどで構成されている。
 メンバーが全員が揃ったところで、部屋の一番奥に座る松平が立ち上がり、口を開いた。
「みんな揃ったね。えー今日は皆さんお疲れ様でした。さて、無事に参戦表明も済ませたということで、早速だがオレが構想しているプロジェクトの具体的な概要を説明するよ。」松平は大きなホワイトボードの前で一堂を見渡した。メンバーは皆、松平に注目した。
「2年後の開幕戦で、マツダイラのマシンにぜひ乗せたいドライバーが1人いる。つまり、ぜひともマツダイラで共に戦ってもらいたいドライバーだ。」そう言うと松平は、ホワイトボードに1人の名前を書き上げた。
「そのドライバーは、ズバリ、アイルトン・セナだ。」松平はキャップを閉めたマジックで、ボードに書かれたセナの名前を、コツンと叩いた。
「……アイルトン……セナ……」一堂は一斉にざわめき始めた。
「……そりゃどう考えても無理だ!本田宗一郎かおのれは!」おそらく他のメンバー全員がそう思ったであろうことを神宮が代弁した。
「ショーさん、そこを何とかしてくんない?」松平は涼しい顔で神宮に懇願した。
「……オレかよ……。あのなあ……セナなんてお前、今やF1界のスーパースターだぞ!そんなやつが新参者のチームに来てくれるわけないだろうが!」神宮はあきれて答えた。
「……わしもショーさんと同意見だ。」間違いなく松平よりも年輩だと思われる空力技師も意見を述べた。「というか、たぶん全員同じ意見だろう。ケンさん、いきなりセナを起用するというのは、ちょっと非現実的なんじゃないかねえ、参戦して結果を出して、グランプリで勝てるようになってからならまだしも……」
「それに社長、セナを起用するとなると、その契約金だけでマツダイラF1の予算が底をついてしまいますよ。」若いコンサルタントも話に加わり、現実的な意見を述べた。
「セナさえ獲得できれば、セカンドドライバーはとりあえず誰でもいい。それに、人気の高いセナを獲得すれば、スポンサーがたくさん付くじゃないか。」
「エンジンはどうするんですか?」エンジニアも横やりを入れた。
「まあ、予算的に最初の年はフォードの型落ちエンジンでも致し方ないかな。今のハートよりはましだろう。それに、セナなら何とかやってくれるよ。型落ちだけに信頼性はそれなりに保証されているし。だからどうしてもセナが必要なんだよ。セナがいれば世界の注目度もアップするし、セナの開発能力を持ってすれば、マシン開発も短期間で能率よくこなしていくことができるだろうからね。」松平は答えた。
「話にならん、発想が飛躍しすぎてるよ。」冷たくあしらうように神宮は吐き捨てた。
「セナを引き入れるのが不可能に近いことは、言われんでもわかってるさ。でもショーさん、それを何とか実現させたいんだよ。」松平は神宮に訴えた。
「……だから何でオレなんだっつーの!だいたいお前が持っている、そのわずかな可能性の根拠はいったい何なんだ?」神宮は困り果てた。
「……根拠?そうだなあ、しいて言えば、セナは3度のタイトルを穫っているよね。そして今年は最強マシンを手に入れて、今シーズン、来シーズンとウィリアムズで連続タイトルを獲得するのは、まず間違いないだろう。」
「……そりゃまあ、可能性は高いわな……」神宮はうなずく。
「……つまり我々が参戦する再来年には、セナの目標だったファン・マニュエル・ファンジオの歴代最多記録、5回に並んでいるわけだ。そこまで来たら、36歳とそろそろ引退を考える年齢を迎えるセナも、引退する前に、新しい環境で一からマシン開発に携わって、最初からチームを作り上げていくということに興味を持たないかなあと、思ってみたんだけどね。」松平はひょうひょうと、勝手に想像したセナの将来の展望を語った。その場にいた一堂は、一斉に溜息をついた。そこには、あきれてものも言えないといった雰囲気が漂っていた。
「そんな希望的憶測でものを言っていたのか……。だいたいセナならファンジオに並ぼうが越えようが、彼自身の体力が続く限り、ずっとチャンピオンにこだわり続けると思うね。セナはこれからもずっと、燃え尽きるまで全力で走り続けるだろうよ。それこそがアイルトン・セナだろ?」神宮は自信を持って松平に宣告した。
「……そうかなあ……オレはそうは思わないけどなあ。セナだってパンと水でできた生身の人間だぜ?マンセルが去り、プロストが去り、いずれはセナも、このままずっとトップで走り続けることに、ある種の空しさのようなものを感じ始めるんじゃないかな。ずっと全力で走り続けてきたセナだからこそね。そしてファンジオの記録を区切りにして、第2の人生を考え始めるんじゃないかと、オレは思うんだよね。でもずっとレースに身を置いていたセナだから、第2の人生も、きっとF1に携わる何かだと思うんだ。そう考えたとき、新しいチームに加わってマシン開発やチームの環境整備に一から携わって、一緒になってチームを育てていくということは、セナの将来にとって、決して損にはならないと思うのだが。」松平も折れない。
「……わかった、じゃあ百歩譲って、セナがそう考えるようになったとしよう。だが問題は、そう考えたときにうちを選んでくれるかということだ。そりゃあもちろん、おそらくここにいる全員が、セナがマツダイラのマシンに乗っかってくれたらどんなに素晴らしいことかと思っているさ。」さすがの神宮も説得は不可能と諦めたのか、とりあえず頑固な松平の考えに歩み寄ってみる。
「もちろんセナを振り向かせるためには、ねばり強いアプローチと説得力のあるマシンポテンシャルが必要だ。だからこの2年の間に戦闘力のあるマシンを作り上げて、それをセナにアピールしていかなくてはならない。そのために敢えて2年も前に正式に参戦表明をして、わざわざ『MS−P1』というひとつの具体的な『カタチ』を世界に提示したんだよ。」
「……発表を早めたのは、スッパ抜かれたからだろ。」神宮が意地悪そうに口を挟む。
「……まあ、そんなこともあったかな……。ま、とにかくショーさんには、今シーズンどこかのグランプリで、セナとコンタクトを取って欲しいんだ。ショーさんはモータースポーツの世界では名が知れているから、セナに会うためのコネクションはいくつか持ってるでしょ?ね!頼むよショーさん!」松平は必死に神宮に懇願した。
「……はあ、わかったよ。とりあえず会ってみる。」溜息混じりで神宮は了承した。


 
 3月下旬、F1グランプリはセナの母国、ブラジルで開幕した。最速のウィリアムズ・ルノーを得たセナは大方の予想通り、予選初日から常に最速ラップを叩き出し、最終的にポールポジションを獲得して地元での3勝目を狙う。そして27日決勝、セナはスタートからリードを奪い、ピットインまでの間に2位ミハエル・シューマッハ(ベネトン・フォード)に4秒のリードを保っていた。しかしその両者同時のピットインでセナはシューマッハの逆転を許し、2位に後退してしまう。その後セナはシューマッハを猛追して首位奪還を狙うものの、56周目にオーバースピードによるスピンを喫し、あっけなくリタイヤとなってしまった。
 続く第2戦パシフィックグランプリの開催地は日本・岡山県。TI英田(あいだ)サーキットでの初グランプリでは、セナはハンドリングに悩んだものの、シューマッハを僅差で破り辛くもポールポジションを獲得した。しかし翌4月17日の決勝では、スタートでいきなりシューマッハの先行を許してしまう。そこへ背後からミカ・ハッキネンに追突されてスピン、さらにグラベルにはまったところをニコラ・ラリーニに突っ込まれ、セナは0周で戦列を離れるという散々たる結果に終わった。
 現役ドライバーでは唯一のチャンピオン経験者であり、今年は最速のマシンに乗り、間違いなく今シーズンのチャンピオン候補の大本命であるはずのセナが開幕から2戦連続でノーポイントに終わったことで、タイトル争いには暗雲が立ちこめ始めていた。そしてこのセナの落とした開幕2戦を制したのは、F1参戦4年目の若手、ミハエル・シューマッハだった。

 セナは明らかに、ウィリアムズ・ルノーのマシン「FW16」に違和感を感じていた。昨年までのF1マシンは、いわば「走るハイテク技術」のようなものだった。ところが、今年からF1のレギュレーション(大会規定)が大幅に変更されることになり、ドライバーの負担を軽減してきたABS(アンチブレーキロックシステム=急ブレーキよって車輪がロックするのを防ぐ機構)やTCS(トラクションコントロールシステム=タイヤがホイルスピンを起こすのを防ぎ、前に進む力(トラクション)をコントロールする機構)などのハイテク装備の使用が全面的に禁止となってしまったのである。そしてこれは、マシンの基本的な挙動を激変させてしまうことを意味する。さらにウィリアムズがこれまで熟成させ完成させた、いわばその強さの最大の秘密とも言える「アクティヴサスペンション」も禁止され、今年のウィリアムズのマシンは、セナが思っていたものとは、まったく異なるマシンに豹変していたのだった。
 そもそもウィリアムズの今シーズンのマシン、「FW16」の完成が大幅に遅れたことも、セナの不調に少なからず影響を及ぼしていた。セナが実際にマシンに乗り、走り込んで開幕戦までにマシンを仕上げる時間は、ほんのわずかしか与えられなかったのだ。しかもポール・リカールのテストでは、コックピット前部のウインドシールドのポジションが原因で走行中の乱気流に悩まされ、ブレーキシステム、サスペンションにも問題が発生し、セナは貴重な時間の多くを失うこととなってしまった。イモラでの最終テストではそれらの問題は全て解決されたと言われているが、それでもセナにとって、新しいチームのマシン、それも性格が全く変わってしまったF1マシンの挙動に順応するには、あまりにも時間が足りなかった。開幕2戦を見ても、ブラジルでのスピンアウトといい、TI英田でのハンドリングの違和感といい、セナはハイテク装置がなくなって過敏になりすぎたマシンの挙動に、まだ完全には順応しきれていなかったのだ。今年のF1マシンは、乗り慣れてきた昨年までのハイテクF1マシンとは、根本的な性質が極めて異なるものだったのである。
 
 
 静岡県・マツダイラ本社───事務館と併設している工場の地下には、驚くべき事に、F1マシンを組み立てるための秘密の工場が完備されていた。地上は各部門に分かれて通常のマツダイラ製品の製造を行っているのだが、この地下の設備はフロア全体がF1マシンのためだけに作られているため、かなり大規模な工場と言える。基本的にF1マシンの組み立てには機械を使わず、すべて手作業で行われているため、それ相応のスペースが必要なのである。しかも組み立てられたF1マシンは、地下の搬入口からトランスポーターと呼ばれるF1マシンを運搬するためのトレーラーでひっそりと運び出されるため、マツダイラはこれまで誰にも気付かれることなく、F1マシンをこの地下工場から井川山中にあるテストコースK−6に運び込んでいたのだ。すでにK−6は今年初めのF1参戦表明以来、連日に渡ってマスコミのヘリが飛び交うようになり、その存在が世に知られてしまった。しかしこの地下の工場だけは、まだ世に知られてはいなかったのだ。
 マツダイラのテストマシンであるMS−P1の開発プログラムは、ここへきて暗礁に乗り上げていた。MS−1Pは昨年のチャンプカーであるウィリアムズのマシン「FW−15」を参考に作られているのだが、FIAから出された正式な今シーズンの車両規定は、昨年とは大きく異なるものだったからだ。マツダイラのメカニックたちは、急ピッチでこの車両規定に沿ったマシンに改良する作業を、この地下工場で連日続けていた。
 マツダイラはまだF1に参戦しているわけではないので、テストマシンをFIAが定める車両規定に適合させる必要はない。しかもこの車両規定は毎年若干の変更が加えられるのが常なので、最終的にマツダイラは、参戦する再来年の車両規定に適合させれば問題はなかった。
 しかし、マツダイラはあえて今の時期からF1の車両規定に基づいた、いわばのちにライバルとなる、他のチームと同じ条件のマシンで開発プログラムを進めることにこだわった。特にマシンの挙動を大きく左右する空力の分野を得意とするマツダイラにとって、その空力パーツがハイテク装備を全て排除したマシンに及ぼす影響を見極めるということは、最も重要な要素だったからだ。とはいえ、まだ他のチームと肩を並べて合同でテストする機会のないマツダイラは、当然比較するデータがないというのが現状だ。とにかく今の段階では、自社のテストコースで「そつなく走れるマシン」を開発することに専念する以外にやれることはなかった。


 
 日曜日の夜、この地下工場に神宮庄之助が姿を見せた。初めてこの工場に入った神宮は工場を見回して、その施設の規模に思わず息を飲んだ。この上の一般製品を製造している工場とはまったく異質の空間だった。地上の工場がごくごく一般的な鉄筋コンクリートの建物であるのに対し、この地下工場は全面真っ白の壁と床、未来的でハイセンスなデザインのテーブルやチェアーなどのインテリアが上品に配置されており、マシンを組み立てるためのエリアも明るく清潔感が漂う、とても作業がしやすい環境だ。そしてこの工場で、日曜日だというのに数名のメカニックたちが、煌々と明かりが灯る中でマシンの改良作業を続けていた。
「ああ、ショーさん。」神宮の来訪に、メカニックの1人が手を止めて顔を上げた。
「……すげえなここは……まるで宇宙船のようだ……」神宮は漏らした。
「地下への入口もキーロックで厳重になっていますからね、まるでSF映画ですよ。」
「まさに。……それで、改良の進み具合はどうなのよ?」
「ええ、大きな作業はだいたい終わりました。あとは朝までにシャシーを組み立てて、明日からはまたテストが再開できると思います。」
「そうか、遅くまでご苦労さん。差し入れを持ってきたよ。」そう言って神宮はコンビニの袋を差し出した。
「すいません、気を使っていただいちゃって。あ、もうこんな時間か。これからみんなでF1中継を観るんでちょうど良かったです。ショーさんも観ていきます?」
「ああ、今日はサンマリノグランプリか。……っておい、いいのか?作業は……」
「ええ、F1だけは観ろとの社長命令なので。」メカニックは笑って言った。
「……あいつらしいな……」神宮も苦笑する。
「そういえばショーさんがセナに会うのって、今度のモナコグランプリでしたね。」
「ああ、岡山では無理だったが、どうにかモナコでセナと直接会えることになったぜ。」
「いよいよセナに会えるんですね!いいなあ!モナコに行けるなんて!」
「ふっふっふ!いいだろう!仕事とは言えオレも嬉しいぜ!……まあセナに会っても、何を話せばいいのかまだわからんのだがな。」神宮は自慢げに話した。
「じゃあ今夜もセナを応援しないとね。」
「……ああ。でも今年は開幕から2タテ食らっているからな、まあ今回はセナも焦らずに気楽な気持ちでレースに臨んで、本格的に巻き返しを図るのはモナコからだろうな。モナコじゃセナは敵なしだからな。」
「そうですね、それに今年はシューマッハがかなり手強いし。」
「シューマッハか、あいつは本物だな。」神宮は言った。
「ええ、僕もそう思います。決してベストマシンとは言えないベネトン・フォードで、あれだけセナを苦しめているんですからね。もちろんマツダイラに乗るかもしれないセナも応援したいですけど、個人的にはうちのマシンが搭載することになるフォードエンジンにも頑張って欲しいし、何だか複雑な心境ですね。」メカニックは本音を漏らした。
「確かにフォードエンジンが強いのは、うちとしても頼もしいな。ま、フォードが強いと言うよりも、シューマッハが強いんだけどな。」神宮も同意した。
 
 作業していたメカニックたちは全員仕事の手を休め、F1中継を観るためテレビのある休憩室へとぞろぞろと入ってきた。神宮もそれに混じって部屋に入る。テレビをつけると、すでにF1中継の放送が始まっていた。場面はちょうどスタート前のフォーメーションラップに入ったところだった。先頭はアイルトン・セナ、そして2番手はミハエル・シューマッハだった。
「お!今回もセナがポールポジションか。これで3戦連続だ。」メカニックの1人が言った。
「あれ?昨日の予選は観てないの?」神宮は不思議そうに尋ねた。
「ええ、静岡では予選は放送されないんですよ。」
「……ああ、そうだったな。昨日の予選で、シムテックのラッツェンバーガーが死んだよ。」神宮はぼそっと呟いた。その言葉に、メカニックたちが驚きの表情を見せた。彼らは全員ここに籠もりっきりで、昨日までのF1の情報をまったく関知していなかったのだった。
「……マジっすか?」1人が聞き返す。神宮はこくりと頷いた。
「ラッツェンバーガーって、昨年の国際F3000の王者ですよねえ。」
「そう、年齢はだいぶ上だが、今年F1デビューしたばかりのルーキーだ。」
「F1で死者が出るのって、ビルヌーヴ以来でしたっけ?」
「ああ、そうだな。あれは1982年だったな。」


 
 テレビの放送は、今まさにF1グランプリ第3戦サンマリノグランプリ決勝がスタートするところだった。スタートランプがブラックアウトし、スターティンググリッド上に2列に並んでいたマシンたちが、セナとシューマッハを先頭に一斉にスタートラインから飛び出した。ところがその後方でペドロ・ラミーとJ・J・レートが接触し、マシンが宙に舞い上がった。レースストップを意味する赤旗が提示され、レースはいきなり中断を余儀なくされた。
 画面にはコース上で大破した、マシン後方がざっくりとえぐれてオイルが大量に流れ出しているレートのマシンが映し出され、クラッシュの激しさを物語っていた。
「なんちゅうもろいマシンだ……。」神宮は思わず唸るような声を出した。
 今年のサンマリノグランプリは、金曜日にもルーベンス・バリチェロが大クラッシュを演じて病院に運ばれるという出来事があった。そして昨日のローランド・ラッツェンバーガーの死亡事故と、今年のサンマリノグランプリは初日から立て続けに大きな事故が続いていた。82年にゾルターで事故死したジル・ビルヌーヴ以来、F1ではこれまで12年間死亡事故が起こらなかった。それだけにF1にはモノコック神話が生まれ、今では誰もがモノコックの安全性に関しては過信していたのが実状だった。しかし昨日のラッツェンバーガーの事故によって、その神話はついに崩壊した。そして金曜土曜と立て続けに起こった悲劇のせいか、テレビの中の、いつもと変わらないはずのレース風景すら、何とも例えようのない重苦しい空気が立ちこめているように思えた。幸いラミーとレートに怪我はなかったが、まるでこのスタート直後の激しいクラッシュさえも、イモラ・サーキットに降り立った得体の知れない魔物が、またしてもその牙をむいたかのように感じられたのだ。
 
 レースは再びスタートからやり直された。2回目は全車無事にスタートを切ることができ、レースはポールポジションから飛び出したセナを、2位シューマッハが追う展開となった。とりあえず無事にレースが始まり、それまで息を飲んでテレビを見つめていたメカニックたちはほっと一息ついて、テーブルの上のスナック菓子に手を伸ばし始めた。レースにおける最大の見所はスタートだというレースファンは多い。それだけスタートでは今回のようなクラッシュや逆転劇などのドラマが、これまでにも数多く生み出されてきたのだ。そして一旦スタートしたら、その後しばらくは急展開はないといっていいだろう。途端に休憩室の空気はリラックスムードに包まれ、F1以外の話もちらほら出始めるようになった。
 しかし今回のレースは、スタートしてからもしばらく緊迫した展開が続いていた。レースが始まってすぐに、2位シューマッハはトップで逃げるセナの真後ろに迫り、セナにプレッシャーをかけ始めた。明らかにペースはシューマッハの方が上回っていた。もはやシューマッハがセナを追い抜くのは時間の問題と思われるほどだった。ミハエル・シューマッハの乗るベネトンのマシンが非常に安定した走りを見せているのに対し、前を走るセナのマシンは明らかにどこかがおかしかった。今年のイモラサーキットは開幕前に大幅な修繕が施され、そのコースとコースのつなぎ目が大きなバンプと呼ばれる起伏を作り出しており、セナのマシンは毎周そのバンプでかすかに跳ね上がっているように見えた。
 そして2台の距離は周回を重ねるごとに見る見ると縮まり、4周目の最終コーナーを立ち上がってくる頃には、両者はまるで磁石で引かれ合っているかのように、ぴたりと並んだまま直線を走り抜けていった。
 この序盤からの白熱した展開に、休憩室の面々は雑談もそこそこに、再び画面に目をやり、セナとシューマッハの接戦の行方を見守り始めた。部屋が無言になり、テレビの中の実況と解説の声がよく聞こえるようになる。まだレースは、始まってたったの7周足らずだった。
 
『……セナにとっては、非常に嫌な状況でしょうね。シューマッハが後ろから毎周ファステストラップを刻んで迫って来ていますからねえ。
解説者が言った。
ええ、そうですねえ、かなりのプレッシャーがかかっているものと思われます。ホームストレートに戻ってきたトップ2台、シューマッハは今にもセナのスリップストリームに入ろうかという勢いです!さあそして両者は1コーナーを回り、高速タンブレロコーナーへと入っていきます。しかしここでのスピードはウィリアムズ・ルノー……
 
 実況が一瞬途切れた。そして突然画面は2位シューマッハの車載映像から別のカメラに切り替わり、トップのセナがタンブレロコーナーをそのまま直進し、ウォールに激しく激突する瞬間を映し出した。
 
ああーッ!セナだッ!セナだッ!セナがウォールにクラッシューッ!高速タンブレロコーナーッ!イモラの悪魔が、アイルトン・セナにも牙を剥いたーッ!アイルトン・セナ!アイルトン・セナに、一体何が起こったんだーッ!狂ったように絶叫する実況の声がテレビから響き渡った。
 
 6速全開、時速300km/h以上のスピードで駆け抜けていくF1屈指の高速コーナータンブレロで、アイルトン・セナのマシンは急にコースを外れ、そのままアウト側のコンクリートウォールに右サイドから激突したのだった。マシンは前後ウィングと右側の2つのタイヤ、さらに様々な細かいパーツをまき散らしながらバウンドし、コース側に戻りながらグリーンゾーンで停止した。後続のマシンたちがセナのまき散らしたパーツを避けながら、次々とセナの前を通過していった。
 テレビを見ていたメカニックたちの表情は一瞬にして凍り付いた。彼らは無言のままテレビを凝視し続けていた。その画面の中で、コックピットの中のセナはかすかに頭を動かしたように見えた。しかしその後セナは、全く動くことはなかった。
 コースマーシャルたちが一斉に駆け寄り、セナの救出にあたる。しかしセナをすぐさまコックピットから引き出せる状態ではなかったため、再び赤旗が提示され、レースは中断した。
 セナはレスキュー隊によってようやく慎重にマシンから出され、そのまま上半身を裸にされて応急処置を受ける。その後しばらくしてコース上にヘリコプターが降り立ち、セナは担架でヘリコプターに乗せられた。数十万人もの観客が固唾を飲んで見守る中、彼は1度も動くことなく、サーキットを後にした。これが、セナの最後の姿だった。
 
 
 1960年3月21日サンパウロ生まれ、生涯出走回数161戦、ポールポジション65回、優勝41回、世界チャンピオン3回。ブラジルが生んだ英雄アイルトン・セナは、94年5月1日、34歳という若さでイモラに散った。彼は最後までトップを走り続けたまま、コース上でその生涯の幕を閉じたのだ。
 セナの事故に関しては様々な憶測や噂が飛び交ったが、未だにその事故原因の究明には至っていない。しかし、当初セナはまったくブレーキを踏むことなく、まっすぐに高速タンブレロコーナーのウォールに激突していったと言われていたが、後に事故の瞬間のテレメトリー(航空機などで言うフライトレコーダーのようなもの)が公開され、セナはマシンの異変に気付いた瞬間に、最後まで生きようと回避行動を試みていたことが判明した。
 そしてF1は、この悪夢の週末と言われたサンマリノグランプリから、急速に安全性の向上が見直されることとなった。さらにこの年を最後に、イモラサーキットの名物だった高速タンブレロコーナーは、低速のシケインへと姿を変えることとなる。
 モータースポーツは、こうした悲しい出来事を幾度となく乗り越えて、これからも進化していくのだ。そしてモータースポーツに携わる者にとって、この日は忘れられない、そして忘れてはならない日として、それぞれの胸に深く刻まれることとなった───。
 
 
(つづく


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